「大変化の時代に寄せて」

多くの国民が幸せだった時代。
あれは、戦後の50年間ぐらいだっただろうか。
経済と幸せがくっついていた時代、といってもいい。
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私たち国民は、仕事を求めて都会へ出た。
都会には仕事があった。
もちろん地方でも仕事はできたが、
割りのいいのは都会だった。
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恋というものが、若者の特権だった。
贈ったり、食べたり、ドライブしたり。
恋をするにもお金が出て行ったから、
恋の幸せは経済とくっついていた。
費用は多くの雇用を生んだだろう。
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盛大な結婚式を挙げて
たくさんの友人親せきを招待した。
ホテル大広間を借りたらかなり高額なはず。
結婚式はどんどん演出過剰になり、
ゴンドラから登場なんて
芸能人みたいなのもあった。
費用は多くの雇用を生んだだろう。
結婚式の幸せは経済とくっついていた。
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だいいち、結納や結婚指輪っていう儀式もあった。
50万円100万円はそういう儀式で消えたが、
費用は多くの雇用を生んだだろう。
婚約の幸せは経済とくっついていた。
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新婚旅行は沖縄や海外。
ふつうに海外が当たり前。
JALパックで旅行会社のお世話になった。
費用は多くの雇用を生んだだろう。
新婚旅行の幸せは経済とくっついていた。
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出世してボーナスも増えたから
それ相応の高い車を買えた。
ローンも使った。
日本車ならトヨタ、
海外ならドイツの車が格上だったな。
費用は多くの雇用を生んだだろう。
マイカーの幸せは経済とくっついていた。
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新居を35年ローンで買った。
部屋も子供の数だけ。
ステレオや大画面テレビがでーんと。
システムキッチンはビルトイン。
便利なオール電化でかっこよく清潔。
深夜電力で沸かしたお風呂で
じゃんじゃんシャワー。
毛並みのいいワンちゃん飼って。
費用は多くの雇用を生んだだろう。
マイホームの幸せは経済とくっついていた。
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SNSやインスタグラムとかできたから、
暮らしを自慢して
うらやましがられる幸福ってのを覚えた。
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競争は、子供を習い事に行かせ、
発表会やら競技会で
おめかしさせて、遠征もして。
子育てだって費用は多くの雇用を生んだだろう。
ファミリーの幸せは経済とくっついていた。
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学歴社会だから国公立に入れたいけど
塾代がすごい。
でも先行投資だって。
自分たちが歩んできた成功人生の幸福が、
子供世代にもあてはまるって、
そう思ってるんだ。
幸せは経済とくっついているからね。
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さて。
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すこし冷静になってみようか。
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このような経済とくっついている幸せは、
ほんとうに欲しかった幸せだろうか?
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そして、
経済とくっついている幸せしか、
ぼくたちには選択肢がないんだろうか?
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で、いまぼくらは不幸なのか?
不安なのか?
どうなんだ?
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いま、客観的に見れば
日本の離婚率は「3組に1組が離婚している」。
ちゅうことは、だ、
「3組に1組が不幸」なのかと。
離婚したら財産分与ですかんぴん。
いや~しかし
離婚でせいせいしたという人もいるわけだが。
経済から言えば貧困不幸ではある。
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「貯金ゼロ」の割合は20代が43.2%、
30代が31.1%、40代が35.5%、
50代が41.0%、60代が29.4%。
ちゅうことは、だ、
「3割4割が不幸」なのかと。
会社は終身雇用がなくなって
派遣とか臨時ばっかりで、
おおよそ職場も不安と貧困だらけ。
パソナの竹中だけが肥え太る。
それってどうなんだと。
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いやもう、根底から変わっちゃって
「戦後の50年間はもう来ない」よね。
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それでだけどね。
ぼくがかなり衝撃を受けたのは
阪神大地震だ。
あれで「インフラや建物」に対する
財産幻想がこわれた。
新居を35年ローンとか、
もう無理って。
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それと2011の311。
あれで
労働や電気文明や快適社会に対して、
「本当にそれってしあわせなの?」
という想いがつのってきた。
まあ、当時はコピーライターとして働き
電気文明や快適消費を煽る仕事だったから、
ぼくはじぶんの
使命感と罪悪感を両方背負って
たちすくんでしまった。
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911もあったな~。
アメリカのビルに飛行機がっていう事故。
まあ、あれはあれで、
「近代社会を形成している幻想の在り方」を
教えてくれたんだよな。
われわれの生活も幸福も
「共通の幻想に成り立ってる」ってことが
よくわかった。
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結婚式や新婚旅行や新家庭や新居は
おかげさまでぜんぶこのまま
経験させていただけた。
しかし、幸福だったかどうか?は
分析の余地がある。
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しんそこの幸福、
いいかえれば愛情の質まで分析すれば
なかなか奥は深い。
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そしてコロナ枠チン時代。
これがここ3年だ。
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みなさん「生きる=健康=幸福」
だと考えており、
だからコロナ枠チンは全面肯定だとおもうが、
どうも本当のところ
「生きる=健康=幸福」なのかどうか
疑わしい時代になってきた。
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副作用や後遺症の弊害が明らかにされ
「ちょっとまってよ」的なものが
生まれつつある。
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なにがほんとうの「真実」なのか?
それがフェイクや権力で
よくわからなくなっている。
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そうであるから、
幸せは経済とくっついているという比例式
それだって、どうなのかと疑わしい。
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だって今や収入は減り税額は増え、
不幸せの時代になってしまってるのだよ。
しかも円安での円の価値低下、
インフレでの貨幣価値低下、
貯金しても利息なし、
給与は低下、
これなんて不幸せそのものだよ。
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やがてぼくはドルの崩壊が起きると思うし
また国債という巨大な債務市場が
にっちもさっちもいかなくて
お手上げになると思うんだけど、
そうなっちゃえば、国家的にも世界的にも
不幸せの時代になってしまうのだよ。
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こうして半世紀を俯瞰して見て見ると、
ぼくたちの幸福観点は、
じつは無意識で形成され
そこをあんまり疑いもせず働き
買い物をし、そして、生きてきたんだな。
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「生きるってなんだ?」
「幸せってなんだ?」
「何を学んできたんだ?」
「何が施せたんだ?」
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そういう、お遍路さんが自問自答する世界を
ぼくらはけっこう
「あたりまえ」という感じで
考えずにやりすごしてきたんだ。
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「経済と幸せがくっついていた時代は、
よかったな」と回顧する。
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しかし、それは
「深く考えないから楽だったな」
という意味でもある。
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しかし、いまウクライナ戦争や
資源不足の波はどんどんやってきてる。
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ガスパイプライン爆破や
アメリカの気球やら
列車の大爆発事故など、
それに鳥の殺処分やタマゴ不足など
「経済と幸せがくっついていた」がゆえに
大不幸時代になりそうな気がする。
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そうであれば、
「経済と幸せが離れていてあたりまえだ」というように
根底の価値観の書き換えが必要だと思う。
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「経済と幸せは関係ない」という
ところまでつきぬけてもいい。
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これからの時代は
もういちど戦争も起きかねないし
(台湾戦争)
デジタル技術を使って
国民監視統制というすごいことが
簡単にできてしまうかもしれない。
(マイナンバーカード)
そして憲法が変わって
各種の権利や自由がなくなって
制圧の暗黒時代になるかもしれない。
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そうなればよけいに
「国家・経済と幸せは関係ない」というくらい
自己内部の軸の形成が重要になるのでは
ないだろうか?
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そこを何に求めるか?
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それが四国には身近なところで
好例がある。
88か所霊場巡礼の根本法典である
般若心経のいう
観自在という菩薩の観点の多様化であり、
実在界と霊世界との統合意識であり、
人間存在の在り方の覚醒である。
そういう世俗であって世俗ではない認識に
いよいよ多くの人たちが目覚め
つながりを再開するときが
これからという時代なのではないか?
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従来の価値観や常識が
ことごとく破壊される時代の到来は、
別な言葉で言えば、
人類が大きな意識拡張を遂げる時代だと言える。
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壮大な生存リスクの到来とともに
壮大な意識飛躍のチャンスが
やってくるんだろう。